声東撃西

勝戦計

計の順: 第六計

声東撃西は、東を攻めると見せて西を撃つが、敵の意志が乱れていなければ危うい計。

計名と解語(原文と書き下し)

声東撃西。「敵志亂萃、不虞、坤下兌上之象。利其不自主而取之」(敵の志乱れ萃まり、虞らざれば、坤下兌上の象なり。其の自ら主どらざるに利ありて之を取る)。

解語の意味

原文は、敵の意志がまとまらず混乱し、こちらの動きを予期していない状態を易の坤下兌上の卦の象にたとえ、敵が自分で判断を定められないところにつけこんで奪い取るのがよいとする。按語は末尾で、この策が効くかどうかは敵の意志が乱れているか否かで決まり、乱れていなければ自分が敗れる危険な策だと釘を刺している。

名前のもとになった故事

按語は成否の分かれる二つの例を対で挙げる。前漢の呉楚七国の乱で、周亜夫が守りを固めて動かず、呉軍が城壁の東南に攻めかけても亜夫はあえて西北の備えを厚くし、敵の意志が乱れていなかったため通させなかった話。もう一つは、後漢末に朱儁が宛で黄巾軍を包囲した際、西南で太鼓を鳴らして攻めると見せかけ、黄巾軍がそちらに殺到した隙に東北から精鋭を率いて手薄になった城内に攻め入った話である。

故事と成立でどこまで確かめられるか

按語は出典を示さないが、周亜夫は『史記』巻五十七「絳侯周勃世家」、朱儁は『後漢書』巻七十一「皇甫嵩朱儁列伝」に当たる。前者の「吳奔壁東南陬、太尉使備西北」は按語と言い回しがほぼ重なるが、史書は備えた理由を書かず、直前には夜に陣中が乱れても亜夫が起きなかったとある。後者は史書が「乘城而入」、按語が「乘虛而入」と書き、史書には入城後の降伏の申し出を退けた続きもある。

よくある言い換えとのずれ

陽動作戦全般を指す言葉として広く使われるが、按語自体が「敵の意志が乱れているかどうかで成否が決まる、乱れていなければ自分が敗れる危険な策である」と明記しており、原文は万能の陽動策として説いているわけではない。英語の動画(Cherry Theory)は、韓信が魏王豹を討った戦い(史記は「漢二年」とする)を例に挙げ、臨晋から渡ると見せて夏陽から渡らせ安邑を襲ったと説明するが、按語にはこの例は無い。