瞞天過海
勝戦計
計の順: 第一計
瞞天過海は、備えが厚いほど生まれる油断を衝き、あからさまな動きの中に策を紛れ込ませる計。
計名と解語(原文と書き下し)
瞞天過海。「備周則意怠、常見則不疑。陰在陽之內、不在陽之對。太陽、太陰」(備え周きときは則ち意怠り、常に見るときは則ち疑わず。陰は陽の内に在りて、陽の対に在らず。太陽は太陰なり)。
解語の意味
瞞天過海の解語が言う要点は、隠したい動き(陰)をあからさまな動き(陽)の内側に紛れ込ませる、という隠し場所の選び方である。備えが行き届くとかえって油断が生まれ、見慣れたものは疑われないため、正反対の場所には置かないと説く。結びの「太陽、太陰」は他の計の解語にも繰り返し現れる言い回しで、きわめてあからさまなものの中にこそきわめて隠されたものが潜む、という趣旨と解されるが、簡潔すぎて解釈には幅がある。
名前のもとになった故事
按語は2文だけで、陰謀は「秘處」(人目を避けた所)でやるものではなく、「夜半行竊、僻巷殺人」(夜中の盗み・路地裏の殺人)は愚俗の行いで謀士のすることではないと述べ、故事は挙げない。この計に結び付けて語られる太宗の海渡りは、維基文庫の『薛仁貴征遼事略』に、豪民が三十万の軍糧を申し出て、招かれた太宗が幕を上げさせると海だった、という筋で見える。
故事と成立でどこまで確かめられるか
『旧唐書』『新唐書』の薛仁貴伝は、遼東で白衣を着て戟を持ち敵陣へ突き進んだ働きを記し、『旧唐書』は仁貴が将軍張士貴に謁して応募したとも書くが、海を渡る話に当たる文は無い。事略で「此乃臣過海之計」と明かすのは張士貴で、薛仁貴の計として語られる形とは人物が違う。事略の頁に作者・成立・底本の記載は無く、この話が史実かは確かめられない。
よくある言い換えとのずれ
相手の目を欺いてこっそり事を進めること全般を指す言葉として広く使われ、動画(歴史の知恵)も毎日同じ埠頭の光景に精鋭部隊を紛れ込ませ隣国を急襲する例で説明する。だが解語が言うのは、隠したい動きを見慣れた動きの中に紛れ込ませるという、隠し場所の選び方である。解語に「敵」の字は無く、按語は人目のない所での陰謀を愚俗の行いとする。事略の筋でも欺かれるのは敵ではなく太宗で、単に「うまく騙す」計と言い切れる話ではない。