注意の切り替え

注意のしくみ

作業を移るたびに、頭の設定を切り替える時間がかかる

どういう意味?

資料を書きながらメールを見に行くと、戻ってから元の調子になるまで一拍かかります。実験室では移るたびに数百ミリ秒ほどの遅れとして測られ、次に何が来るかあらかじめ分かっていても完全には消えませんでした。1回あたりは小さく、回数が多いと積み上がる種類の費用だと見ると実際に近くなります。頭の設定を入れ替える手間が、移るたびに乗っている状態です。

どこで出てくるか

邪魔を減らす技の土台にあたります。通知を切るは、切り替えの回数そのものを削る手当てとして読めます。窓を一つだけ開けるも同じ筋に見えますが、窓の数を操作した実験は見当たらず、この費用から借りた理屈にとどまります。前の作業が頭に残ったまま次へ入る現象は切り替えの残りかすの担当で、慣れれば同時にこなせるという説はマルチタスクは慣れれば身につくで扱います。

取り違えやすいところ

同時に二つを処理しているように見えても、実際は行き来しているだけという点がまず取り違えられます。よく引かれる「生産性が何割落ちる」式の数字は、実験の測定値ではなく取材で述べられた見積りが広まったものです。切り替えにかかる費用と、前の用事が後に残る現象も別の話として分けます。測られてきたのは単純な分類の課題が中心で、仕事の一日へそのまま当てられる幅ではありません。

解説動画(海外・英語): Cognition 3 5 Divided Attention/Paul Merritt

資源に上限がある: 講義はまず、注意を分けられるのは資源を超えないうちだけという見方から入ります。必要な量は課題の複雑さで決まり、超えればどれかが崩れる。よく練習した動きほど使う資源が少なくて済む(自動化)ので歩きながら話すことはできますが、話しているあいだは歩く速さが落ちると述べます。

似ていると邪魔になる: 分けにくさは中身の近さで決まるとも言います。読みながら人の話を聞く、二人の話を同時に聞く——同じ処理を使う組み合わせほど互いを邪魔する。講義を聞きながら手元の文字のやり取りを追うのが特に難しいのはこのためだ、という説明です(ながら勉強をやめる)。呼ばれた名前や視界の端の動きのように、こちらの都合と関係なく奪っていくものもあると付け加えます。

心の設定と費用: そもそも同時ではなく行き来しているだけだ、というのが話し手の立場です(マルチタスクは慣れれば身につく)。ある作業に向かうと要るものを通し要らないものを抑える設定ができ、連絡でそれが解かれると戻ったときに入り直しにくい。これが切り替えの費用で、二つやるかぎり一つのときには及ばない。書き手が時間と場所を決めて邪魔から閉じこもるのはこのためだと述べます。

運転と歩行で測る: 応用として運転が続きます。手を使わない通話でも見えていたはずの細部を半分ほど取りこぼし、反応も遅れる。2015年には注意のそれた運転で三千人以上が亡くなったと挙げます。歩きながらでも速さと反応が落ち、一輪車の道化師が横切っても気づかなかった調査や、歩行者の事故の一割ほどがこれによるという見積もりを紹介します。

考え事も二つ目: 最後はうわの空です。心が別へ流れた時点でそれが二つ目の作業になり、注意はまた分かれる。長距離運転で直前の数十分の記憶がない例や、信号を見落とす運転士の話が挙がります。別のことを考えるのは別のことをするのに近い、資源はそちらに取られたままだから——そう結びます。