自動化
注意のしくみ
くり返した動作が、注意を使わずに走るようになること
どういう意味?
キーの位置を探さなくなる、標識の文字が見ようとする前に読めている——くり返した処理が注意を使わずに走る状態です。練習の初めは伸びが速く、あとは伸びが小さくなる形になります。手が勝手に進むぶん注意が空くので、その空きを別のことへ回せるようになるのが、この語の値打ちです。ただし速く出ること自体は理解や応用の証拠ではないので、そこは別に確かめます。
どこで出てくるか
できるようになる側の技につながります。迷わず出るまで繰り返すは、正しくできる段階の先で速さと安定を作る技で、狙っているのがこの状態です。読む速さでも語彙と背景知識が効くのは、語の処理が引っかからなくなるからです。眼の動かし方の訓練が空振りするのも、詰まっているのが言葉の側だからで、そこは眼を速く動かす速読術が扱います。
取り違えやすいところ
似ているのは手続き記憶と宣言的記憶ですが、あちらが記憶の種類、こちらは注意の配り方です。よく持ち出される1万時間の法則のような総量の数字や、伸び方を一つの式に当てる説明は当てになりません。個人のデータで見ると、当てはまる形そのものが変わってしまうからです。どこからが自動なのかを線で区切れるわけでもなく、程度の話として扱います。
解説動画(海外・英語): Automization and Attention/Introduction to Cognitive Psychology - IITG
練習で注意が空く: 注意の講義の一節で、練習を重ねた課題は必要な注意が減っていくのかという問いから始まります。減ったぶん手持ちの資源が空き、別の作業へ回せるようになる——それが自動化だと述べ、前回扱ったストループ課題を引きながら、十分に練習された処理は自動の側へ移ると振り返ります。
自動といえる条件: 自動処理の目安として、Posner と Snyder が1975年に挙げた三つの特徴を紹介します。意図せずに始まること、自分では気づかないまま進むこと、そして別の心の働きに邪魔されないことです。例は通い慣れた帰り道で、悩みごとでうわの空のまま歩くと、寄り道するつもりが家の方へ曲がっていると言います。
浮き出るか探すか: 自動と制御の違いは、並んだ表示から一つだけ違うものを見つける課題で示されます。その一つは探す前に浮き出てきて、答えが速く出ます。ところが「この文字を探せ」と指定されると、意識して見ていく制御の側の処理になり、同じ表示を見ていても時間がかかると説明し、二つを分けて見せます。
揃えた組と混ぜた組: 根拠に挙がるのは Schneider と Shiffrin が1977年に組んだ探索実験です。覚える標的も表示の中身も数字なら数字だけに揃えた条件と、文字と数字を混ぜた条件を比べます。混ぜた側では、標的の数・表示の項目数・出ている時間の三つとも成績に効き、前の回の標的が次の回の邪魔役になる点も違うと述べます。
空いた分の使い道: 揃えた条件で効いたのは出ている時間だけで、標的や項目を増やしても遅くなりませんでした。講義はここを資源をあまり食わずに走る印として扱い、練習が足りればそこへ届くと述べます。迷わず出るまで繰り返すが狙っているのはこの状態で、空いた注意を別へ回せることが、この語の値打ちにあたります。