うわの空
注意のしくみ
手は動いているのに、注意が別のことへ流れている状態
どういう意味?
行は最後まで進んだのに、何が書いてあったか出てこない——手が動いているのに、注意が内側の考えへ流れる状態です。研究ではマインドワンダリングと呼びます。厄介なのは逸れたことに気づかないまま続く場合があるところで、気づいた時点で初めて手が打てます。読む場面では難しい文章のほうが起きやすく、そのぶん理解も落ちると報告されています。
どこで出てくるか
注意を戻す技の前提になります。気がそれたと気づくは逸れるのを消し去るのではなく、気づいて連れ戻すという枠組みの技で、その土台がこの語です。読む側では、目が戻る読み返しが理解の修復として働きます。抜けたまま進んだ分を見つける手当ては、分かったつもりを検算するが引き受けます。流れやすい場面を先に削る側はながら勉強をやめるです。
取り違えやすいところ
眠気や居眠りとは別で、目は開いていて手も止まっていません。怠けや注意の障害と結びつける読み方もできません。測り方は合図を出しての作業中の自己報告が中心で、成績との結びつきを束ねたメタ分析でも中程度以下でした。だから成績が落ちる原因と決めつけず、戻る合図を作る話として使います。何も考えない時間そのものは悪者ではありません。
解説動画(海外・英語): The prevalence and consequences of mind wandering during live undergraduate lectures/Faculty of Science - McMaster University
課題から離れた考え: 注意を研究する講演者は、うわの空を課題から離れた考え全般として広くとります。測り方は、作業の途中で画面を出し、直前は課題に向いていたか離れていたかを本人に答えてもらう思考プローブです。携帯で日常のあいだ尋ね続けた大規模な調査では、半分近くの場面で離れていたと報告されたと紹介します。
見ていても見えない: 例に出るのは、バスが前の車列へ突っ込んだ事故の映像です。運転手は目を開けて前を向き、携帯も薬物も出てこないのに、ブレーキには一度も触れていません。うわの空は意識して見ることと同じ限られた資源を使うので、目の前のものを見落とすことも、話を丸ごと取り逃がすこともある、と述べます。
時間とともに増える: 実験室では、矢印の向きを答える単調な課題を30分ほど続け、あいだに思考プローブを挟みました。正答率は後半ほど下がり、離れていたという報告ははじめの3割半ばから終わりの6割へと増えます。落ち込みが大きい人ほど増え方も大きく、二つは並んで動いていた、というのがここまでの話です。
録画講義での通説: 録画した講義を見せる研究でも同じ形が出ていて、20分の回で3割前後、時間を延ばせば後半は6割に届くという推定が示されます。終わり近くに出た内容ほどあとで思い出せないことも報告され、そこから講義では注意が落ちて当たり前という見方が広まったと整理します(集中力は10分しか続かない)。
生の講義では違った: そこで自分の授業でも、クリッカーで答えてもらう思考プローブを二学期ぶん挟みます。全体では3割ほどでしたが、意図せず離れた分はかなり少なく、多くは聞かなくていいと自分で決めた側でした。時間がたつほど増える動きも出ません。逸れるのを能力の限界と決めつけない見方が、気がそれたと気づくの土台になります。