認知負荷
注意のしくみ
一度に処理させられる量。多すぎると理解も記憶も落ちる
どういう意味?
手順書と画面を往復しながら操作する場面が分かりやすい例です。行き来そのものに頭が使われて、肝心の中身へ回る分が減ります。作業記憶の狭さを出発点に、一度に処理させられる量から教材や手順の作り方を考える枠組みの語です。要素が多すぎれば理解も記憶も崩れると見て、図や説明の並べ方から見直すときの物差しにします。同じ内容でも見せ方で結果が変わるという前提が土台にあります。
どこで出てくるか
一度に載せる量を減らす技の説明に出てきます。契約書と規約の読み方で入れ子になった文をほどくのは、読み手の負担を下げる手当てです。覚えておく代わりに用事を思い出させる仕掛けを外に置くのも、頭に載せる数を減らす手当てで、狙いは同じところです。数え方そのものを変える側はチャンクです。何を外へ出し、何を並べ替えるかの判断に効いてくる語になります。
取り違えやすいところ
多いと落ちる、で止めてしまうと使えません。負荷そのものを測る手立ては弱く主観の評定が中心で、参加者の容量を測っていない研究も多いため、何でも後付けで説明できてしまいます。手間がかかるほど悪いという読み方も違い、後の思い出しやすさを上げる望ましい困難とは分けて考えます。使えるのは要素を減らすような、操作できる形にしたときだけです。
解説動画(海外・英語): Teaching Strategies: Cognitive Load Theory/McGraw Hill PreK-12
授業あとのぼんやり: 金曜の午後、外は良い天気で気はすでに散り気味、鉛筆を落として探しているうちに、先生が見たことのない記号を書き出す。そんな場面から動画は始まります。授業が終わるころには頭がぼんやりしていて、本人は気づかないまま手元がいっぱいになっていた、という言い方をします。
手元の狭さから見る: 教育心理学者ジョン・スウェラーは、素早い知覚と言葉の処理を担う作業記憶に限りがあることを示しました。最初の処理を通ったあと、入ってきた情報は捨てられるか長期記憶へ向かいます。この狭さを出発点に学びの組み立てを考える枠組みが認知負荷理論だと紹介されます。
雑多な刺激も食う: 授業中の作業記憶には、新しく習う内容だけでなく、感覚から入る気を散らす刺激も一緒に押し寄せます。だからあふれるのは簡単に起こる、というのが動画の見立てです。負荷は教材そのものだけで決まるのではなく、同時に受け取っている量で決まるという捉え方になります。
知っていることへ結ぶ: 受け取る側の手当てとして挙がるのは、入ってきた情報を、すでに知っていることをもとにスキーマと呼ばれるまとまりへ振り分ける働きです。うまく収まらないときは、そのまとまりを作り替えたり新しく作ったりする。動きのある過程なので、外から支えれば助けられるとされます。
出す順を設計する: 例に戻って、指数を、すでに固まっている掛け算や足し算の知識と結びつく形で出したらどうかと提案します。そこへ練習と、段を踏ませるかたちのフィードバックを組み合わせる。同じ題材でも出す順と結びつけ方を設計すれば、つまずきの元が分かった瞬間に変わりうる、という話で閉じます。