帝冠様式

呼び名と様式

時代: 明治以降

洋風の躯体に、瓦葺きの和風の屋根が載ります。鉄筋コンクリート造で建った官庁や博物館に1930年代の日本で集まった作りで、この呼び名は後から付いた枠です。

どんな材料・造作か

鉄筋コンクリート造の洋風の躯体に、瓦を葺いた和風の屋根を載せた作りです。柱と梁で組んだ箱の上に入母屋造や方形の大屋根を置き、軒には本瓦葺の瓦を並べ、棟の端に鬼瓦や鴟尾を据えます。壁は石張りやタイル張りで、窓は洋風の縦長のまま残ることが多く、上下で意匠の系統が入れ替わって見えるのが目に付きます。屋根も鉄骨や鉄筋コンクリートで下地を組み、その上に瓦を載せた化粧で、木の小屋組ではありません。

見分けの決め手

屋根と壁のあいだで、材の切り替わる線を探します。軒下に木の柱や組物がなく、コンクリートや石の壁が瓦屋根を直に受けているなら、この枠に入ります。神奈川の神奈川県庁本庁舎は鉄骨鉄筋コンクリート構造の躯体の上、塔屋の頂に和風の屋根を戴きます。愛知の名古屋市庁舎は中央の塔に四方へ反った屋根を載せ、東京の東京国立博物館本館は本体の上に大きな瓦屋根を置きます。瓦の色や形だけでは決まりません。

いつ頃のものか

1930年代に集まります。1919年に下田菊太郎が国会議事堂の設計に対して出した「帝冠併合式」の案が呼び名のもとで、帝冠式・興亜式とも呼ばれ、呼び方はまだ定まっていません。神奈川の神奈川県庁本庁舎は1928年(昭和3年)の竣工で2019年に重要文化財となり、愛知の名古屋市庁舎は1933年(昭和8年)、東京の東京国立博物館本館は1937年(昭和12年)に完成しました。設計競技の条件に日本趣味が掲げられた例もあります。

取り違えやすい相手

木造の近代和風建築が第一の相手で、軒下に木の柱・梁・組物が見えるかで分かれます。見えるなら木造、コンクリートの壁が直に受けていればこちらです。擬洋風建築は幕末から明治初期の木造で、時期も作り手も違います。寺院風の外観をまとった博物館建築も紛れますが、屋根が本体を覆う大きさか、塔屋だけに載る飾りかで見当が付きます。後の改修で瓦屋根を足した建物も、別に扱います。