メデューズ号の筏
ロマン主義・写実
テオドール・ジェリコー/1818〜19年
どんな絵か
約4.9×7.2メートルのカンヴァスに、実際の海難事故で漂流したいかだを等身大より大きく描く。手前には力尽きた体が横たわり、奥では布を振る男が立ち上がっている。全体が褐色に沈み、人の肌だけが白く浮く。ルーヴル美術館蔵。
どこを見るか
視線は左下の死体から右上へ、斜めに引き上げられる。折り重なった体が三角構図をつくり、その頂点に布を振る男が立つ。明るいのはその一点だけで、残りは褐色のシャドウに沈む。左では帆と綱がもう一本の斜線を張り、こちらは押し寄せる波へ下る。二本の斜めが逆を向くので画面が静まらない。
使われている技法
油彩。褐色の下地に暗部を重ね、明るい肌だけを厚く置く。影には瀝青(ビチューメン)を多用したが、これは乾き切らない材料で、いまも黒が縮んでひび割れが進んでいる。制作前には遺体安置所に通って習作を大量に描き、肌の色を観察したと伝わる。
描かれた背景
1816年、フランスの軍艦メデューズ号が座礁し、いかだに移された147人のうち生還は15人だった。船長の任命に縁故が絡んでいたため事件は政治問題になり、絵も1819年のサロンで賛否が割れた。神話でも王でもない同時代の惨事を歴史画の寸法で描いた点が新しかったと見られている。
解説動画: 実際の海難事件と、筏の上で何が起きていたか/ミッドナイトムーン
この絵をどう見ているか: 神話でも遠い昔でもなく、発表のわずか3年前に実際に起きた難破事件を生々しく描いたジャーナリズム的な絵画だと位置づける。大きさはおよそ5×7メートルで人物はほぼ実物大、目の前に筏があるような臨場感だと説明する。1819年のサロンには《難破の情景》の題で出され、激しい論争になった。
筏の上で何が起きているか: 画面の底辺には力尽きた体が転がり、左隅の男はすでに事切れている。その隣では老人が若い男を抱えて一点を見つめる。上では樽によじ登った人物が布を振り、水平線に小さく船が見えるが、この船は通り過ぎてしまう。左からは大波が迫っており、歓喜から落胆へ落ちる直前を切り取っていると読む。
もとになった事件: 1816年、経験の乏しい人物が艦長に任命されたメデューズ号が座礁した。ボートの席が足りず、147人が急ごしらえの筏に乗せられ、曳航の綱が切れて食料も水もないまま漂流する。13日後の救出時に生きていたのは10人だけだった。政府は隠蔽を図ったが、生存者の報告書が出版されて事件が露見したと語る。
画家がやったこと: ジェリコーは報告書に衝撃を受け、生存者から直接話を聞いた。病院の向かいにアトリエを構えて死体安置所へ通い、切断された手足を持ち込み、生首を借りて2週間かけてデッサンしたという逸話まで紹介する。ロンドンでの展示には5万人が押し寄せたが、本人は落馬がもとで32歳で亡くなっている。