戦艦テメレール号
ロマン主義・写実
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー/1839年
どんな絵か
90.7×121.6センチのカンヴァス。夕暮れの川面を、青白く霞んだ大型帆船が、黒く小さな蒸気タグボートに引かれて進む。右手には赤く燃える太陽が沈み、水面がその色を長く映す。ロンドン・ナショナルギャラリー蔵。
どこを見るか
画面は左右で真っ二つに分かれる。左は青灰色に沈んだ帆船、右は赤と黄の夕日で、暖色と寒色がそのまま対比になっている。帆船は周囲より明度が飛び抜けて高いので先に目に入り、次に水面の光の帯をたどって目が右の夕日へ渡る。主役と、主役を終わらせる側を左右に置いたと見ると分かりやすい。
使われている技法
油彩。空と水は薄く溶いた絵の具を何層も重ねるグレーズでつくり、夕日と船体の白は絵の具を盛って光らせる。薄い層と厚い層の落差が、そのまま霞と輝きの差になる。手前の水面はほとんど描き込まず、色の帯だけで奥行きを出している。
描かれた背景
トラファルガー海戦で戦ったテメレール号が1838年に解体のため曳かれた出来事にもとづき、1839年のロイヤル・アカデミー展に出された。ただし実際とは違う点が多い。曳いたタグは二隻で、船はすでにマストや装具を外されていた。夕日の位置も、実際の航路から考えると絵のようにはならない。
解説動画: 帆船から蒸気船へ、ターナーが新しかった点/美術おじさん 山田五郎【公認切り抜き】
ターナーをどう位置づけているか: 美術後進国だったイギリスを一気に最先端へ押し上げた画家で、ロマン主義から印象主義までを一人で駆け抜けたと評する。西洋絵画では神話や聖書のような昔の話を描くのが上等とされてきたが、同時代に実際に起きたことを画題にする動きが19世紀に出てきて、ターナーはそれが受けると自覚していたと見ている。
帆船と蒸気船の対比: 帆船は自然の風でしか進めず嵐に翻弄されるだけだが、蒸気船は自然の力に頼らず自力で進めると対比する。小さな蒸気船が巨大な戦艦を引いているところをかっこいいものとして描いたと読み、当時は煙突から出る煙が国が発展する象徴でかっこよかったのだと説明している。
自然の脅威が画題になった事情: 荒れ狂う海や人がよく死ぬ峠のような自然の脅威は、それ以前は画題にならなかったという。18世紀の終わりごろから崇高な美として扱われ始めるが、それは産業革命で自然にある程度対抗できるようになり、眺める余裕が出てきたからだと説明する。ドイツのフリードリヒが描いた氷の海も例に挙げる。