ルネサンス
西洋の古典
15〜16世紀/イタリア中心
どんな様式か
人の体と、その人が立っている空間を、目に見えるとおりに画面へ写しとろうとした絵。宗教の主題でも、床の続く部屋や奥行きのある風景の中に置かれ、平らな板に空間が生まれる。遠近法と人体の観察を道具として手にしたことが、それ以前の絵との最大の違いになる。
見分け方
床のタイルや建物の線をたどると一点に集まる先があり、そこに主役が置かれていることが多い(一点透視)。人物は三角構図に収まって左右のつり合いが取れ、輪郭は硬く筆あとが見えない。肌は陶器のようになめらか。この落ち着きが崩れるのが次のマニエリスム。
いつ、どこで
15世紀初めのフィレンツェに始まり、16世紀のイタリア全土へ広がった。ブルネレスキが1410年代に線遠近法の仕組みを示し、アルベルティが1435年の『絵画論』でそれを理論にまとめたことが土台になる。頂点は16世紀初めのローマ。北方のフランドルでは油彩の技術が並行して育った。
代表的な画家
レオナルド・ダ・ヴィンチ(モナ・リザ)、ミケランジェロ(アダムの創造)、ラファエロ(アテネの学堂)、ボッティチェリ。北方のヤン・ファン・エイクは、油の技術を磨いて別の道から写実に届いた。ミケランジェロとラファエロは同じころのヴァチカンで働いていて、ラファエロは天井画を見て画風を変えたと伝えられる。
解説動画: 『再生』という訳が生んだ誤解と、遠近法・陰影法の受け継ぎ/山田五郎 オトナの教養講座
「ルネサンス」という言葉の説明: ルネサンスはフランス語で再生を意味する語だと説明している。広まったのは1860年にブルクハルトが『イタリア・ルネサンスの文化』を書いてからで、その5年前にはミシュレも使っていた。イタリア語なら「リナシタ」にあたる語が当時から使われていたが、再生・復興という訳語が後々誤解のもとになったとしている。
中世との関係をどう見ているか: 再生という言葉のせいで、神に抑えられた中世から人間性が急に解放されたように読まれてきたが、古代の文化がそれまで死んでいたわけでも、中世のキリスト教文化が消えたわけでもないという。9世紀のカロリング朝ルネサンスや12世紀の大翻訳時代を挙げ、ずっと続いていた動きが14〜16世紀に開花したのだと整理している。
古代の絵から受け継いだもの: 古代ギリシャ・ローマの絵はほとんど残らず、火山灰に埋もれたポンペイの壁画が手がかりになるとしている。紀元54〜68年ごろの壁画では、柱の奥に絵が掛かって見える部分が全部だまし絵で、遠近法を知っていた証拠だという。陰影で筋肉の凹凸まで出し、理想的な比率の体を描く。この遠近法・陰影法・肉体美の三つが、ほかの文化圏の絵には見られない特徴だとまとめている。
中世の絵が平面的な理由: 中世の絵が平面的なのは技術が途絶えたせいだけではなく、偶像を否定するキリスト教のもとで、あえて記号として抑えて描いた面があるという。同じ形を何枚も写すイコンには個性も創造性も要らなかったと説明する。そのうえで、古代の写実をキリスト教の絵と融合させたところがルネサンスの本質だと述べている。