マニエリスム

西洋の古典

1520〜1600年ごろ/イタリア

どんな様式か

前の世代が到達した完成形が、あちこちで崩れて見える絵。手本どおりの均整より、引き伸ばされた体や不安定な姿勢のほうへ進む。名はイタリア語のマニエラ(手法)から来ていて、手法そのものを見せる絵と解釈されることが多い。

見分け方

首や指、胴が不自然に長い。人物は画面いっぱいにひしめき、主役が真ん中にいないことも多い。色は水色や酸っぱい桃色など現実離れした取り合わせで、光源もはっきりしない。整った三角構図とルネサンスの落ち着きを思い出しながら見ると、どこを崩したのかが分かる。

いつ、どこで

1520年ごろ、ラファエロの死とともに始まったとされ、1600年前後まで続いた。中心はフィレンツェとローマ。手本が完成してしまった後の世代が、同じことを繰り返さずに何をするかという問題から生まれている。長く模倣にすぎないと低く見られ、20世紀に入って再評価された。

代表的な画家

ポントルモ、ロッソ・フィオレンティーノ、パルミジャニーノ、ブロンズィーノ、そしてスペインで独自に進んだエル・グレコ。パルミジャニーノの《長い首の聖母》は1530年代の作で、聖母の首も幼子の体もありえない比率に伸びている。この劇的な傾きは次のバロックに受け継がれる。

解説動画: 巨匠の手法を極めすぎて崩れた様式と、九つの見分け方/山田五郎 オトナの教養講座

どんな様式として説明しているか: マニエリスムの名はイタリア語のマニエラ(手法)から来ていて、日本語のマンネリズムの語源でもあると説明している。中身は一言で言えば、16世紀のイタリアで盛期ルネサンスの巨匠たちの手法をさらに極めようとして、逆に不自然になった様式だとまとめている。

どこを見るか: 見分ける手がかりを九つ挙げている。引き伸ばされた人体、S字にうねる姿勢、左右非対称で片側に寄った構図、画面の密集、動きが激しいはずなのに時が止まって見えること、地に足のつかない浮遊感、寓意めいた謎、変わったことをしようとする奇想、そして間を空けた細長い指。ラファエロの整った肖像や聖母と並べると、どこを崩したのかが分かるという。

誰から誰へ広がったか: マニエラという言葉を最初に使ったのはヴァザーリで、自身もマニエリストだったとしている。系譜はアンドレア・デル・サルトの二人の弟子ロッソとポントルモから始まり、ブロンズィーノとパルミジャニーノがイタリアの代表格。ロッソはフランスの宮廷へ渡ってフォンテーヌブロー派の元になり、ヴェネツィアではティントレットがエル・グレコの原形にあたる絵を描いていて、様式はヨーロッパ全体へ広がったという。

評価が裏返った経緯: 当時マニエラは悪い意味ではなく、高度な技法として称賛されていたという。裏返るのは1600年ごろで、カラヴァッジョとバロックが躍動感を持ち込むと不自然さの代名詞になり、新古典主義の時代にはさらに低く見られた。再評価は19世紀以降に進み、20世紀には表現として面白いという見方に変わった。閉塞と不安の時代が求めた様式だという解釈も紹介している。