バロック

西洋の古典

17世紀/イタリア・スペイン・オランダ

どんな様式か

暗い空間に強い光を一筋入れて、劇の一場面のように見せる絵。均整より動きと感情を取る。宗教画では手前へ人物や足が突き出し、こちらの空間まで続いているように描かれる。見る人を画面に巻き込む仕掛けと解釈されることが多い。大画面の祭壇画から小さな室内画まで幅が広い。

見分け方

まずサイド光のような斜めの強い光を探す。背景は闇に沈み、顔と手だけが明るい(明暗法)。人物は傾いて対角線構図で画面を横切る。左右対称で静かなルネサンスと並べれば違いは一目で分かる。オランダでは同じ光が台所や日常に向けられた。

いつ、どこで

17世紀のローマで始まった。カトリック教会が宗教改革に対抗し、文字を読めない人にも一目で伝わる絵を求めたことが背景にある。スペインでは宮廷の肖像、市民が絵を買ったオランダでは風俗画や風景画として、それぞれ別の形に育った。名はゆがんだ真珠を指す語に由来するとされる。

代表的な画家

カラヴァッジョ(聖マタイの召命)、レンブラント(夜警)、ベラスケス(ラス・メニーナス)、ルーベンス(キリスト降架)、フェルメール。カラヴァッジョが闇から人物を掘り出す描き方を始め、各地の画家がそれを自分の土地の主題に応用した。フェルメールの窓の光は、同じ光を日常へ向けた例。

解説動画: 過剰さで見分けるバロックと、17世紀に流行した背景/山田五郎 オトナの教養講座

どんな様式として説明しているか: バロックはポルトガル語のバロッコ(いびつな真珠)が語源だと説明している。ルネサンスが円なら17世紀のバロックは楕円、調和ではなく対比、安定ではなく躍動、理性ではなく感覚。そして何もかも過剰で、三枚も続けて見れば胸焼けするような大げささを覚えておけばいいとしている。

17世紀に流行した理由: 背景を二つ挙げている。一つはカトリック側の対抗宗教改革で、1545年のトレント公会議で宗教美術を活用すると決め、誰にも分かりやすい劇的な絵で信者を引きつけようとした。もう一つは各国の絶対王政で、王の偉大さを見せるために壮大で分かりやすい絵が求められた。教会も宮殿も大きく、装飾が過剰になる。

絵画でどこを見るか: 絵画のバロックを確立したのはカラヴァッジョで、1600年の《聖マタイの召命》が挙がる。スポットライトのような明暗対比を極め、背景が真っ暗になるところまで進むと暗闇主義と呼ばれる。ローマに来ていた各国の画家がこれに影響され、自分の国へ持ち帰った。ルーベンスはカラヴァッジョより抑えめでバランスが取れていたため、ヨーロッパ中から注文が来たという見方を示している。

オランダだけ事情が違う: 教会も絶対君主もいないオランダでバロックが開花したのは、ローマ帰りの画家たちが持ち帰って広めたからだとしている。注文主が市民で単価が安いため数で稼ぐ必要があり、早描きのタッチが発達した。そのタッチをベラスケスが取り入れたと見ている。同じ時代でもフェルメールは明暗対比が強くなくぼんやりしていて、バロックの中では異色だという。