無中生有
敵戦計
計の順: 第七計
無中生有は、無いものを有ると見せかけ、途中から本物にすり替えて敵を打つ計。
計名と解語(原文と書き下し)
無中生有。「誑也、非誑也、實其所誑也」(誑くなり、誑くに非ざるなり、其の誑く所を実にするなり)。
解語の意味
原文は、何もないところに何かがあるように見せかけて敵を欺くが、欺いたままでは長く続かず見破られやすいので、途中から見せかけていたものを本物にすり替えて敵を打つのだと説く。按語はこれを「無をもって有を示すのは誑くことだが、誑きは久しくは続けられず容易に露見する。だから無のままでは終わらせられず、無から有を生じさせれば誑きから真に転じ、虚から実に転じる」と敷衍する。
名前のもとになった故事
按語は、令狐潮が雍丘を囲んだとき張巡が藁の人形千体余りに黒い衣を着せて夜に縄で城壁から降ろし、敵が争って射た矢を数十万得たと述べる。のち再び人形を降ろすと敵は笑って備えず、決死の兵五百が敵営を斬り、とりでや幕を焼き、逃げる敵を十余里追った。按語の本文に書名は無く、頁の注記が『新唐書』巻一九二の張巡伝と『戦略考・唐』を挙げる。
故事と成立でどこまで確かめられるか
新唐書巻一九二・張巡伝と資治通鑑巻二百十八にも同じ筋があり、按語の言い回しは新唐書とほぼ重なる。場所は雍丘、相手は令狐潮、矢は数十万とあるが、数は史書の書く値で確かめられない。英語の解説動画(China's Past Revealed)は睢陽・尹子奇の話として語るが、二書の段は雍丘・令狐潮である。『三国演義』第四十六回で諸葛亮が船の藁束で矢を集める話は小説の筋で、唐の張巡とは別の人物・時代の話である。
よくある言い換えとのずれ
「無から有を創る」という広い意味で使われることがあるが、按語が言うのは二段階の話である。無を有と見せる段は誑きであり、久しくは続かず露見しやすい。そこで見せかけていたものを本物に替え、誑きを真に、虚を実に転じて初めて敵を破れるとする。解語も「其の誑く所を実にするなり」と結ぶ。原文の主題は敵を破ることで、新しいものを生み出す話ではない。