喰違虎口
門と虎口と堀
時代: 室町
土塁の端を、わざとずらして開けます。左右の端が平行に向き合わないので通路は横を向き、外からまっすぐ城の中へ入ることができません。
何のためのものか
土塁や石垣の端どうしを平行に置かず、前後にずらして開けた出入口です。左右の壁が食い違うため通路は横を向き、寄せ手は足を止めて体の向きを変えることになります。囲まれた空間を作らないぶん少ない土工で折れをつくれるのが利点で、中世の城館では小さな曲輪の出入口にも広く用いられました。表記は「食違虎口」「食い違い虎口」とも書き、報告書ごとに揺れます。
見分けの決め手
開口の左右で、壁の切れ目が同じ線の上にあるかを見ます。喰違では一方の土塁が他方より前へ出て、通路が「く」の字に折れます。方形の空間はできず、囲いは二辺で止まるので、立ち止まれる部屋のようにはなりません。土塁が崩れた城跡では、堀の肩の線をたどると食い違いの位置が読み取れます。後世の農道や登山道が同じ場所を通ることがあるので、縄張図と照らして判断します。
いつ頃のものか
中世の城館に広く見られ、室町時代から戦国時代の縄張図に数多く図示されます。奈良文化財研究所 全国遺跡報告総覧に収められた発掘報告では、土塁の裾と堀の肩の位置から開口の幅が復元されています。江戸時代に入っても外郭の見附で用いられ、東京都千代田区の江戸城外堀跡には喰違見附の名が地名として残りました。形だけで年代は決まらないので、土塁の断面と出土遺物にあたります。
取り違えやすい相手
枡形虎口が相手です。囲まれた方形の空間ができているかどうかが分かれ目になります。枡形は二つの門と三方の壁で閉じた空間を作りますが、喰違は壁の端をずらすだけで、通路の幅がそのまま先へ続きます。土塁が崩れて肩が丸くなった跡では区別が付きにくく、囲いの三辺が残るかを平面図で確かめます。門の礎石が二か所に分かれて出るかどうかも手掛かりです。
どこに立つと見えるか
開口の正面ではなく、少し離れた斜めの位置から通路の向きを追います。正面に立つと壁のずれが重なって見え、折れの角度が読めません。埼玉県比企郡嵐山町の杉山城跡のように土塁と堀が地表によく残る城跡では、通路を歩くと体の向きが変わる場所が分かります。福井県福井市の一乗谷朝倉氏遺跡の下城戸では、巨石を積んだ壁のあいだで通路が食い違う形を地表で追えます。