高麗門

門と虎口と堀

時代: 江戸

屋根を小さくし、控柱にも別の屋根を載せます。本屋根が鏡柱の真上だけに載るので、門の上や脇から外の様子を見通すことができます。

何のためのものか

本屋根を鏡柱の真上だけに載せ、後ろの控柱にも小さな屋根を別に付けた門です。屋根が小さいぶん門の上や脇から外の様子を見通せるため、枡形の外側の門として広く用いられました。二本の鏡柱で扉を吊り、その後ろに控柱を立てて前後の倒れを止める骨組みは薬医門と共通で、違いは屋根の掛け方に出ます。扉を開けたときの見通しも変わります。

見分けの決め手

控柱の上に、本屋根と別の小屋根が載っているかを見ます。高麗門では主屋根の棟が鏡柱の真上を通り、控柱の上には棟と直交する小さな切妻屋根が二つ付きます。横から見ると屋根が三つに分かれて見えるのが決め手です。大阪府大阪市の大阪城大手門、東京都千代田区の江戸城の田安門と外桜田門で、この掛け方が正面と側面の両方から確かめられます。

いつ頃のものか

名の由来を文禄・慶長の役に結びつける説が広く紹介されていますが、出どころは近世の書物にさかのぼるとされ、確かな根拠はまだ示されていません。建物として残るのは江戸時代の城門で、愛知県名古屋市の名古屋城旧二之丸東二之門も同じ形式です。移築を経た門も多いため、年代は国指定文化財等データベースの指定説明と修理工事報告書で確かめます。

取り違えやすい相手

薬医門が相手です。控柱に屋根が付くか、屋根の重心が鏡柱の真上にあるかを見ます。薬医門は一つの大きな切妻屋根を前後に葺きおろし、棟が鏡柱よりいくらか後ろに寄ります。高麗門は屋根が小さく分かれるので、扉の前で雨のかかる範囲も狭くなります。控柱を失った門や、後の修理で屋根が変わった門では判断が難しく、修理報告の図面と古写真にあたります。

どこに立つと見えるか

門の真横に立ち、屋根の切れ方を横から見ます。正面からでは小屋根が本屋根に重なって隠れ、三つに分かれる形が読めません。東京都千代田区の江戸城の田安門は高麗門と櫓門が枡形を組んで残るので、二つの門の屋根の違いを続けて見比べられます。橋の上は幅が狭いので、渡り終えてから振り返る位置を選び、通路の中央には立ちません。