表現主義

20世紀の動き

1905〜1925年ごろ/ドイツ・北欧

どんな様式か

外の景色を写すのではなく、それを見た人の中で起きたことを画面に出す絵。形はゆがみ、色は現実から離れ、不安や興奮が形そのものに現れる。同じころのフォーヴィスムが色の解放だったのに対し、こちらは気分の中身まで踏み込んでいく。

見分け方

輪郭が鋭く、角ばる。木版画のように線が刻まれ、顔は面で削り出したようになる。色は不協和で、彩度が高くても心地よくない取り合わせが選ばれることが多い。床や道は急な斜めに傾き、空間ごとゆがむ。画面のどこにも落ち着ける場所がないのが、明るいフォーヴィスムとの分かれ目。

いつ、どこで

1905年、ドレスデンでキルヒナーら若い画家が「ブリュッケ(橋)」を結成したのが起点。1911年にはミュンヘンでカンディンスキーとマルクが「青騎士」をつくる。急な都市化と戦争前夜の不安が背景にあり、北欧のムンクが先ぶれと見られることが多い。

代表的な画家

ブリュッケのキルヒナー、ヘッケル、シュミット=ロットルフ。青騎士のカンディンスキーとフランツ・マルク。いずれも20世紀の作家で、この図鑑では作品画像を扱わない。見分け方は先行するムンクから入るとよい。1893年の叫びに、ゆがむ空間と不協和な色がそろっている。

解説動画: ドイツ表現主義とは何か、ブリュッケと青騎士の歩み/ゆっくり美術チャンネル

どんな運動として説明しているか: 20世紀初めのドイツを中心に展開した運動で、内から湧き出る感情を重視し、それを絵に反映させようとしたものだと説明する。結果として見たものを見たままには再現せず、対象を抽象化することが多い。定義は曖昧で、目に見えない内面を表そうとしたものは広く表現主義と呼ばれるため、フォーヴィスムはフランス版の表現主義とも言え、ドイツのものを区別してドイツ表現主義と呼ぶこともあると整理している。

象徴主義との線引き: 同じ不安を扱った絵でも、ルドンは目の生えた気球という描く物そのもので不安を示すのに対し、ムンクはうねる背景や現実を逸脱した人物像という描き方の側から感情を伝えてくる。ここが表現主義的だという。描く物で見えないものを表すのが象徴主義、描き方で表すのが表現主義という区別を示し、ムンクはその両方に当たると答えている。

ブリュッケ: 1905年、ドレスデンで工科大学の建築学生四人が結成した。正式な絵画教育はキルヒナーが一年ほど受けただけで、他は独学だったという。古い芸術から新しい芸術への橋渡しという意味を名に込め、綱領には制作だけでなく生活の自由も掲げた。都市生活が人を没個性にすると考え、夏は湖畔で裸に近い生活を送りながら描いた。当時ほとんど作られていなかった版画に手を出したのも特徴だとする。

青騎士とカンディンスキー: 1911年にミュンヘンで結成。会員制を取らない自由な集まりで、全ての芸術は精神から始まるという理念だけを共有していた。中心のカンディンスキーについては、モネの積みわらを前に、何が描いてあるか分からなくても人を感動させられると知ったことを転機に挙げる。りんごと分かる形が残る限り余計な連想が邪魔をするので、抽象化すれば精神性だけを伝えられると考えた、という筋道で説明している。