「三十六策」の古い用例
もとは、逃げ支度の皇太子を反乱者があざけった言葉。


絵: オトモシリーズ(画像生成で描いた絵)
意味
「三十六策」の語は、梁の蕭子顕の史書『南斉書』に出る。反乱を起こした王敬則が「檀公の三十六策では、逃げるのが上計だ」と言った。ことわざ「三十六計逃げるにしかず」のもとになった言葉である。三十六の中身は、前後に一つも書かれていない。計を並べた書物が当時在ったとは、この一言からは言えない。
名前のもとになった故事
斉の永泰元年、明帝の病が重いなか、旧臣の王敬則が東で兵を挙げた。都の皇太子は逃げる相談をし、屋根に人を上げて火事を見ると、敬則が来たと思って支度を急いだ。これを聞いた敬則が言う。「檀公の三十六策は、走るが是れ上計。お前たち父子は急いで逃げるほかない」。敬則は数日で敗れた。
見分け方
故事の解説で「檀道済の三十六計」と出てきたら、元の文に戻って確かめる。計の名が並んでいるか。檀公が誰かを書いているか。書いているのは同じ時代の書か、後の時代の書か。言葉が古いことと、書物が古いことは分けて考える。
よくある誤解
「檀道済が三十六の計を作った」と受け取られることがある。『南斉書』は「檀公」としか書かず、計の名も挙げない。檀公を檀道済とするのは唐の『南史』で、「蓋し」と推量の形で添える。檀道済の伝に「三十六」の語は無い。
計名と解語(原文と書き下し)
『南斉書』巻二十六・王敬則伝。「東昏侯在東宮、議欲叛、使人上屋望、見征虜亭失火、謂敬則至、急裝欲走。有告敬則者、敬則曰:『檀公三十六策、走是上計。汝父子唯應急走耳。』」(東昏侯、東宮に在りて、叛せんと欲するを議し、人をして屋に上りて望ましむ。征虜亭の失火を見て、敬則至ると謂い、装いを急ぎて走らんと欲す。敬則に告ぐる者有り。敬則曰く、檀公の三十六策、走るは是れ上計なり。汝ら父子は唯だ応に急ぎ走るべきのみ、と)。『南史』巻四十五・王敬則伝は、同じ言葉のあとに「蓋譏檀道濟避魏事也」(蓋し檀道済の魏を避けし事を譏るなり)と添える。
故事と成立の確かさ
維基文庫の『南斉書』巻26で、文と前後を確かめた。『南斉書』は檀公が誰かを書かない。『南史』巻45は「蓋譏檀道濟避魏事也」、『資治通鑑』巻141は「蓋時人譏檀道濟避魏之語也」と添え、どちらも推量の「蓋」が付く。通鑑の頁は句を「走為上策」と作り、字が違う。『宋書』巻43と『南史』巻15の檀道済伝に「三十六」の語は無い。「議欲叛」は、続く「急裝欲走」から逃げる相談と読んだ。三十六の中身を挙げる古い文献は、確かめられなかった。
出典
- 資料・中国語 維基文庫(蕭子顯) 南齊書 卷二十六 列傳第六(王敬則伝)
- 資料・中国語 維基文庫(李延壽) 南史 卷四十五(王敬則伝)
- 資料・中国語 維基文庫(司馬光) 資治通鑑 卷一百四十一 齊紀七
- 資料・中国語 維基文庫 宋書 卷四十三(檀道濟伝)
- 資料・中国語 維基文庫(李延壽) 南史 卷十五(檀道濟伝)
- 公的機関・中国語 中華民國教育部(2021) 重編國語辭典修訂本「三十六策,走是上計」(「三十六」の検索結果から開く)
- 資料 加藤徹(明治大学法学部) 兵法三十六計(補足トリビア)
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