マルチタスクは慣れれば身につく

時間術の思い込み

練習すれば2つの作業を同時にこなせるようになるという説

よく言われること

「慣れれば二つを同時にこなせるようになる」「自分は同時進行が得意だから平気だ」という言い方です。運転しながらの通話や、動画を流しながらの作業を練習で身につく技能として語る形で見かけます。若い世代なら得意だという説明も添えられます。仕事の場では、同時進行をこなせることが能力の高さの証しのように扱われてきました。

実際はどうか

運転模擬装置で調べた研究では、二重課題で成績を落とさなかったのは200人中2.5%でした。落ちない人がいないわけではありませんが、練習でそこへ届くとは示されていません。自己評価と実測が逆を向いた報告もあり、頻繁に同時進行する人ほど実測は下手でした。ただしこれは同時に測った関係で、練習の結果を追った数字ではありません。得意かどうかは測るまで本人にも見えません。

なぜ広まったか

注意の行き来が速いので、内側には同時にやっている感覚だけが残ります。落ちた分は本人に見えず、終わった作業のほうは記憶に残るのでできた証拠として積み上がります。同時進行を求められる場面が多く、得意だと言えるほうが都合が良いという事情も重なります。うまくいかなかった回は運が悪かったことにされ、切り替えの速さと同時に処理することの違いは内側からは区別できません。

どう言えば正しいか

「速く行き来しているだけで、同時に処理できるようになるとは確かめられていません」と言うのが実測に合っています。落ちなかった人はごく少数で、自分がそこに入るかは自覚では分かりません。行き来にかかる代価は注意の切り替えで扱い、ながら作業そのものはながら勉強をやめるに置いています。運転中の端末操作は、学びの話ではなく安全の問題として考えます。

確かめられ方

Watson と Strayer の2010年の研究は運転模擬装置で200人を調べ、二重課題で成績を落とさなかったのは2.5%だけでした。調べたのは模擬装置の運転と暗算の組み合わせで、日常のあらゆる作業に広げられるものではありません。Sanbonmatsu ら2013年は頻繁に同時進行する人ほど実測が下手だと報告していますが、ながらを好む人は注意が弱いという説の再現性は後の検討で当初ほど確かではなくなっています。

解説動画(海外・英語): What multitasking does to your brain | BBC Ideas/BBC Ideas

同時にできるのか: マルチタスクという言葉は1960年代に計算機の性能を表すために使われ始めたものだと動画は指摘します。上手くなる方法を教えることで生計を立てている人たちがいる一方で、人の脳は計算機ではなく、注意は限られた資源です。そもそも本当に同時にこなせるのか、という問いから話が始まります。

光の輪とズーム: 視覚の注意は、一度に一方向しか向けられない一本の光として説明されます。いちばん見ているものは、その光の中心の明るい部分に当たります。ズームレンズのように狭めて細かく見るか、広げて多くに気づくかは選べますが、寄せると引くを同時にはできません。感覚から入る大量の情報のうち、意識に上るのはごく一部です。

見ていても気づかない: 円の中で跳ねるボールの数を数えると、小さな恐竜や円の形の変化、ボールに描かれた顔を見落とします。白い服の選手のパスを数えると、胸を叩いて横切るゴリラに気づかないという有名な実験も同じです。要らない細部をふるい落とす力の裏側で、目の前のものを見落とすことが起きると述べられます。

行き来の代価: 注意は一方から他方へ注意の切り替えで行き来できますが、抱えきれなくなると取りこぼし、結果はほぼいつも一つずつやるより悪くなります。本当に二つできるのは必要な資源が別々のときだけで、通話中は頭に像を作るため運転と同じ視覚の資源を使い、危険を見ているのに気づかないことが起こります。