叫び
近代の入り口
エドヴァルド・ムンク/1893年
どんな絵か
柵のある道の上で顔を押さえる人物と、渦を巻く赤い空。オスロの国立美術館にある1893年の版は91×73.5cmで、カンヴァスではなく厚紙に描かれている。地をところどころ塗り残してあり、紙の茶色がそのまま画面に出ている。
どこを見るか
手すりが左上から右下へ走り、対角線構図で画面を二つに割る。この線は奥へ強く縮んでいくので、リーディングラインとして目を奥の二人と船へ運ぶ。いっぽう空と水はうねる横線でできていて、直線とうねりがぶつかる。赤い空と青緑の入江という暖色と寒色の対立が、中央の顔の青白さを際立たせる。
使われている技法
厚紙の上で油彩・テンペラ・クレヨン・パステルを混ぜて使っている。一つの画面に画材を混在させるので、つやのある部分と粉っぽい部分が同居する。左上には鉛筆で「狂った男にしか描けない」と小さな書き込みがあり、赤外線調査でムンク自身の字と確認されている。
描かれた背景
1892年1月の日記に、日が沈んで雲が血のように赤くなり「自然を貫く叫びを感じた」と書いている。オスロを見下ろすエーケベルグの丘の道が舞台とされる。叫んでいるのは人物ではなく、耳をふさいでいると解釈されることが多いが、断定はできない。同じ主題を油彩・パステル・版画で繰り返し描き、表現主義が繰り返し参照する一枚になった。
解説動画: 叫んでいるのは人物ではないという読み方/こやぎ先生の美術ちゃんねる
この絵をどう見ているか: まず《叫び》が作品名でムンクは作者の名だと確かめたうえで、この人物は叫んでいないと述べる。中央で立ち止まっているのはムンク自身とし、こけた頬、見開いた目、縦に大きく開いた口に、彼へ迫った恐怖の大きさが表れているという。画面のどこにも怯える対象は描かれておらず、記憶をたどって描いた心の中の風景だからだと説明する。
手記が語っている場面: 30歳頃の作品として、ムンク自身の手記を引いている。二人の友人と歩道を歩いていて日が沈みかけたとき、突然空が血の赤に変わり、立ち止まってひどい疲れを感じ柵によりかかった。そこに立ち尽くしたまま不安に震え、自然を貫く果てしない叫びを聞いたという。その声は友人には聞こえていないので二人は歩き続けており、人物は声に耳をふさいでいるのだと解釈している。
なぜこういう絵になったのか: ムンクの生い立ちを背景に挙げる。5歳で母を、14歳で姉を結核で亡くし、自身も体が弱く、父は母の死をきっかけに狂信的な信者になったという。姉の最期を回想して描いた《病める子》で画風が定まり、ダ・ヴィンチが死体を解剖したように私は魂を解剖するという本人の言葉のとおり、目に映らない心の動きを描く画家になったと説明する。
一枚で完結していない: この絵が単独の作品ではなく、22点からなる連作「生命のフリーズ」の一枚だと紹介している。《不安》や《絶望》といった作品が並び、人生は愛と死と不安に満ちているという主題を連作の全体で伝えようとしたものだという。ムンク自身、これを通じて人生の意味を理解してほしいと語っていたと述べている。