退避誘引

欺きと誘い

例の時代: 例は前632年

退避誘引は、約束や礼儀を理由に自ら退いて見せ、勢いづいて追ってきた敵を有利な場所で迎え撃つ型。

戦史の例と、それを伝える史料

城濮の戦い(前632年)で、晋の文公は以前に楚にいたときの約束を理由に、楚軍に対して「三舍(一舍=三十里として、三度ぶんの距離)」退くと『春秋左氏傳』僖公二十八年は伝える。楚軍の指揮官・子玉は兵士たちの制止を振り切って追撃を続け、結果として晋軍に敗れた。