浮世絵
日本・東洋
17〜19世紀/日本(江戸)
どんな様式か
江戸の町で売られた木版の量産画。役者、遊女、名所、相撲と、そのとき人気のあるものが題材になる。一点物ではなく版元が出す出版物で、値段も安く、町の人が気軽に買えた。肉筆で描かれたものもあるが、いま目にする多くは摺り物。
見分け方
線が主役。輪郭が均一な太さで通り、その内側は平らな色で埋まる。影がほとんど無く、明度の段階で立体をつくらない。奥行きは手前の物を極端に大きく置いたり、上から見下ろす配置で示す。後期には一点透視を取り入れた作も出る。輪郭線・平らな色面・影の無さが揃えばまず浮世絵。
いつ、どこで
17世紀後半の江戸で、菱川師宣らの墨一色の摺り物として始まる。1765年、鈴木春信を中心に多色摺の「錦絵」が生まれ、色数が一気に増えた。19世紀には北斎と広重が風景を主題に据える。その版画が幕末以降ヨーロッパへ渡り、印象派の画家たちに影響を与えたとされる。
代表的な画家
歌麿はポッピンを吹く娘のような大首絵で表情に寄り、写楽は1794年から約10か月だけ現れて奴江戸兵衛を残した。北斎は神奈川沖浪裏で波を、広重は大はしあたけの夕立で雨を主役にする。どれも絵師・彫師・摺師・版元の分業でつくられ、一人の手柄ではない。
解説動画: 浮世絵師六人、それぞれの見どころはどこか/ほーりーとお江戸、いいね!
どんな見方を勧めているか: 浮世絵は絵師ごとに見どころが違うとして、歌麿・写楽・北斎・国芳・広重・国貞の六人についてここを見るという的を絞って紹介している。人物の描き分け、色の使い方、画面の作り方と切り口はばらばらで、幕末に最も人気があったのは国貞だったとも述べる。国貞は求められているものを確実に描き、適度に美化するさじ加減がちょうどよかったと評している。
歌麿と写楽の人物: 歌麿については髪の毛への執着を挙げる。灯籠鬢の細い毛筋が向こうまで透け、うなじの後れ毛から茶屋で忙しく働く活発さまで伝わると読み、これを髪で女性の属性や生活感を描き分ける手つきだと説明する。写楽は逆に美化しないのが特徴で、女形を演じた役者も目は小さく顔は大きく描かれた。脇役の役者に光を当てた点と合わせ、これが受けた理由だとする。
北斎の藍: 北斎を藍の魔術師と呼び、赤富士として知られる凱風快晴の輪郭線が黒ではなく藍色である点に注目させる。黒を避けたことで赤い山と青空が自然に馴染み、清涼感が出るという。富嶽三十六景の全四十六図のうち三十六図が藍色の輪郭線で知られるとも述べる。使われたのはベルリン由来のベロ藍で、当時の人には新鮮に映り、従来の本藍と使い分けられたと説明している。
国芳と広重の画面の作り方: 国芳は美人画や役者絵という定番に風穴を開けた絵師として、刺青の男たちの武者絵や、三枚続きで嵐の場面を映画の画面のように見せた構成を挙げる。広重については同じ場所に立ってもこうは見えないと指摘する。大はしあたけの夕立は、写実性より対岸と橋がつくるジグザグの構図が優先され、風景に不向きな縦画面へ象徴的なものを寄せ集めていると読んでいる。