初めてで起きやすい失敗
正面だけ見る・写真だけ撮る・全部を見ようとする、の防ぎ方。
建物の前に立つと、正面の構えに目が行きます。初めての日に起きやすいのは、正面だけを見て見終わったつもりになることです。埼玉県熊谷市の歓喜院聖天堂は、奥殿・中殿・拝殿が接続した権現造で、正面から見えるのは桁行五間・梁間三間の拝殿です。奥殿は桁行三間・梁間三間の入母屋造で、両側面に軒唐破風、背面に千鳥破風と軒唐破風を付けます(文化遺産オンライン)。側面と背面へ回らなければ、三つの破風は一つも視界に入りません。宮城県仙台市の大崎八幡宮も、本殿・石の間・拝殿が一体の石の間造で、本殿は桁行五間・梁間三間の入母屋造、石の間は両下造・こけら葺です(宮城県)。正面に立っただけでは、棟の数も屋根の形の数も足りません。
彫りと飾りの部材は、立つ場所が決まっています。木鼻は、貫や肘木の端として柱の外側へ出る部分で、頭貫や虹梁へつながります(コロンビア大学版JAANUS)。貫の端として一体に作るものと、懸鼻として別に取り付けるものがあり、柱の向こう側に同じ材が続くかどうかは、斜め前へ寄らなければ分かりません。蟇股は、柱の上の組物と組物のあいだに置くのが普通ですが、妻飾りにもよく見られると同じ辞典は記します。妻の面は、側面へ回ってはじめて全体が見えます。大瓶束は虹梁にまたがって立ち、頂の斗と肘木で上の材の重さを受ける束で、禅宗様の建物に多く使われます。虹梁をまたいで左右へ伸びた部分の雲・波・若葉の彫りが笈形です。どの部材を見上げるかを先に決めると、立つ場所も決まります。
二つめは、写真だけ撮って帰ることです。彫りの部材は、一枚の写真では名前が決まりません。蟇股は、透き間のない板蟇股から、十世紀から十一世紀ごろに透き間が生まれて材が薄くなり、南北朝・室町には内部の彫刻が空間を埋め、桃山・江戸には彩色が加わると説明されます(コロンビア大学版JAANUS)。木鼻も、初期は繰形だけの拳鼻で、十二世紀末の大仏様と十三世紀の禅宗様を経て、十六世紀後期から十九世紀には透かし彫りや籠状の彫りへ進みます。輪郭の抜き方と彫りの深さを比べる話なので、真下から撮った一枚では材料が足りません。立ち去る前に、裾が開いていたか、彫りが面から抜けていたかを一行書き残します。
建物の名前は、写真の脇に所在地まで添えます。兵庫県三木市吉川町毘沙門にも歓喜院聖天堂があり、室町中期・一四一一年の三間社流造・檜皮葺で、重要文化財に指定されています(文化遺産オンライン)。熊谷市の歓喜院聖天堂とは別の建物で、屋根の形も規模も違います。名前だけを書いて帰ると、調べ直すときに二つが混ざります。
三つめは、一度で全部を見ようとすることです。熊谷市の歓喜院聖天堂は、土台や柱に地紋彫を施し、木鼻に獅子・龍・象・鳳凰、蟇股に花鳥や風神雷神、奥殿の大羽目に七福神、縁下の腰羽目に唐子遊びを表し、透彫・浮彫・丸彫を使い分けます(文化遺産オンライン)。装飾の技法が詳しく分かったのは、平成十五年度から二十二年度の保存修理工事にともなう調査です。数年かけた調査で明らかになった対象を、一度の見学で数え上げることはできません。初めての日は、彫りの部材を一つ決めて、柱間ごとに同じ部材だけを追います。
三つの失敗は、どれも見る範囲を決めていないことから起きます。正面・側面・背面を順に回り、見上げる部材を一つに絞り、立ち去る前に一行残します。範囲が決まれば、次は寺・神社・城・民家のどれを見に行くかを選べます。
